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2006年/4月/vol.02
●今月の読み切りコラム


  1)人参果顛末記〜経歴と反省をかねて〜

  俺が昔、人参果だった頃、かみさんは妊娠か?だった。
わっかんねーだろうなあ。
  実は私、40歳前後の2年間、埼玉の志木市というところで居酒屋をやっていました。 その店の名前が人参果でした。 それ以前はというと、大学卒業後から15年、東証に上場している某食品会社で商品開発をしていました。 「何で辞めたんだい、馬鹿だねこの子は。」と、百姓しか知らないおふくろに散々言われましたが・・・。 組織の中に自分の居場所が無いなと感じたこと、評価も低いままだったこと、薬酒関連の仕事がしたかったこと、の3つが辞めた主な理由ってとこです。 その時既に2人の男児の父でした。

  退職後1年半、夜間で調理師学校に通い、その間に「株式会社」「もう一人の男子」を作って開業準備をしました。 準備資金はほぼ全額親の金を使いました。 まあ、この甘さが主な失敗の原因と言われれば、その通りかも知れません。 

  9月に調理師学校を卒業し、10月末日に開店。料理の味付けには自信ありましたが、仕事の流れやら何やらは全て初めて。初めの1ヶ月はバタバタでしたがテンションも高く、会社の友人などが賑わせてくれたので、何とかなりそうかなと思っていました、年明けからパッタリ。 
 ビラ配りやポスティング、模様替えやメニュー変更、その他考えつくままに手を打って、親に運営資金のむしん。 その年いっぱい頑張って結局閉店。就職活動やら自営業やら検討して3ヶ月、結論は店の再挑戦。 メニューの大幅変更等で半年続け・・・・・・、  “客待ち”に疲れ果ててついに閉店廃業となりました。

  この間何度も、“会社辞めなきゃよかったなあ”という思いとの戦いでもありました。 かみさんや3人の男の子に申し訳ないという思いが更に追い討ちをかけます。

  自信のあった果実酒・薬酒、ハーブ・薬膳料理主体の変わった居酒屋という企画。 店舗の立地条件、店舗造り、料理の品揃えや完成度、価格などなど、たぶん多くの問題を抱えていたと思います。 しかし、一番の問題は、私自身が居酒屋の店主という仕事に向かない性格と体質に気づき始めたことでしょう。何をいまさらといわれても、やってみなけりゃ分らないのが人間(いや、私)なんです。 

  10月末日で丸2年、数数の出会いと別れ苦い貴重な経験とともに、性味21ヶ月の居酒屋稼業に終止符を打ちました。翌日から店の売却、仕事探しと動き出すのですが、何とかなるだろうという妙な思い込みのようなものがあり、これがプラスに作用したのか、年明け前には両方の見通しが立っていました。 しかも、山の中ではありますが、薬草公園を持っている農協という、薬酒作りにはまたとない好条件で。 年明け2月から単身で働き始め、3月末に家族で引っ越しました。 そんなことで、今もおふくろとかみさんには頭の上がらない人生を送っています。



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